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2011-02

  バラバラに壊れた「これは夢だもの」  佐藤みさ子

夢といってすぐに思い出す川柳である。

夢を見ている本人も「これは夢だ」と

知りながら夢をみているということはある。

そして夢というものは誰もが毎日見ているものらしい。

訓練によってちゃんと夜に見た夢を記憶できると

ある心理学者の本に書いてあった。

自分について言えば、ここ数年ほとんど夢の記憶が

ない。ぜんぜん覚えていないのである。

それがついおととい、目覚める直前に見た夢はとても

リアルで「とろい」私でもちゃんと覚えていた。

それは私の娘が死ぬ夢。哀しい夢だった。

私には3人の娘がいるが、夢の中では2人が災害で

死んだのだった。おそらく災害だったのだと思う。

学校の体育館のような場所に安置されているという

ことでそこへ案内されているところで目が覚めた。

夢というものは不思議だ。

私には実際は娘が3人いるのだが、夢の中ではどうも

4人いることになっていて、夢の中の私は「そのこと」を

当たり前の事実として受け止めていた。

亡くなった2人の娘のうちのひとりは実際の私の末娘。そして

もうひとりは現実には私の娘ではなかった。なかったのだけれど、

夢の中で私の娘ということになっている少女はなぜか私の高校時代の

友人Åちゃんなのだった。

Åちゃんはとても利発な子で、その年齢の女の子とは少し違った

芯をもっていて、浮ついた周囲に左右されずいつもどこか遠くを

見据えている感じがして、彼女の個性にとてもあこがれていた。

数年前、クラス会の名簿を見てÅちゃんが神奈川県に住んでいる

ことを知って思い切って連絡をしてみた。

今、ふるさと和歌山の民話の語り部になっていて、近々図書館司書の

資格をとるために勉強中なの、と昔と少しも変わらない声が電話口から

聞こえてきて嬉しくなった。そして高校時代、彼女が見据えていた「遠く」に

今立っているんだなと思った。

「誰かが死ぬ夢って、失いたくないことの裏返しなんだって」と、末娘に

夢のことを話したらそんな返事が返ってきた。

実の娘を失いたくないのはわかる。夢の中で私の娘だったAちゃん、それは

もしかしたら私自身のこころの投影だったのだろうか。

気負わず、頑張りすぎず、でも夢はあきらめないで、Aちゃんから私への

応援メッセージだったのかなぁ。

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山内令南作品集『夢の誕生日』

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