
(雪のあざみ 撮影:八戸むさし)
いよいよ明日上京。
ジム・ロジャーズの講演の招待状をいただいたので
出かけてみることにした。
ジム・ロジャーズといえばジョージ・ソロスと共に立ち上げた
クォンタム・ファンドが10年間で3365%の驚異的なリターンを
得たことで有名。彼らの投資手法については私的にはちょっと疑問も
あるのだけれど、世界の市場の動向の先の先を見通す洞察眼には
やはり学ぶべきものがたくさんあると思っている。
それから、久しぶりに早稲田へ先生にお目にかかりにいく予定。
義母のことは同居人が引き受けてくれるので安心だ。
2日間のご褒美の時間、メイチで楽しんで充電してこなくちゃ。
むさしさんから先日、雪の写真がとどいた。
雪のあざみ、なかなか凛とした風情があってなかなか男前です。

すばらしくいい天気の毎日。
午前中の株式売買を終え、午後は所用とか買出しとかを兼ねて外出。
大川べりの遊歩道を自転車で走ることが多くなって、このバスにお目に
かかる回数が増えた。この水陸両用バスの上陸する場所がちょうど
遊歩道の対岸にあるので、水中からゆるやかな坂道状になった岸に
上陸する様子がよく見える。
うむ、あのバスも面白そう。
先日、あざみの会のプレオフ会みたいな会合を計画していただき
お話しながら、来年の本番の「あざみの会」オフ会への夢がふくらむ。
水上バスコースは絶対に組み込みたいと思う。
大阪の古いビルの見学およびお食事会もしたい。
などと、自転車を走らせながら空の雲と一緒に夢も浮かべたりしている。
ああ、楽しみ楽しみ♪

(あざみ 撮影:八戸むさし)
栗をたくさんいただいた。
ゆでたけど、剥くのが面倒なので誰も食べない。やれやれ。
このままではいけない…。
で、ある日一念発起した同居人と私。
50個ちかくある栗を全部ふたつに割って、実をスプーンでかきだす
というヤケクソな行動に出た。どうするつもり??というと
この実をたんねんにつぶし、バターとお砂糖をまぜてマロンクリームを
つくって食べちゃおうって魂胆なのでした。
しかし、この作業かなり大変でした。が、同居人と私の数少ない共通点が
根気。ふたりとも根気のいる地道な作業が得意なのです。そこで、
この大量の栗を居間に運び、もくもくと作業に没頭したのでした。
夕食後まず同居人がとりかかり、後片付けを終えた私が助っ人に入り、
実の掻き出し作業を終えた同居人が風呂に入っている間に、私はその
栗の実をすりこきでたんねんにつぶし、おおきな中華なべに砂糖と
一緒に投入。混ざった渋皮をとりのぞきつつ死に物狂いで混ぜること小一時間。
何とか「それらしきもの」ができあがったのでした。あー疲れた。
パイ生地をつくってこのマロンクリームを絞ってお菓子にしたいんですが、
いまのところここで力尽きたままなのでした。
モンブランパイになってお口に入るまでの長いみちのりを考えると、
栗のお菓子だけはお金払ってでも買っちゃおう…って思っています。

(のぶどう 撮影:八戸むさし)
秋晴れ。
同居人は朝から張り切って神戸の美術館へ「だまし絵展」を
見に出かけた。
もちろん、私は義母のサポート&家事&トレード。やれやれ、
こんないい天気なのに…。
ニューヨークが今年最高値を更新して、ポチの日経平均も上昇。
今日は私にとっては「みてるだけ」の相場なので、中間テストの
末娘(元腹芸の名手)の帰宅後、仕事のためのPCを抱えて
外出。こんなに気持ちの良い天気なのに、仕事かぁ…、と
ボヤくが仕方がない。ドトールコーヒーに立ち寄ってあらかたの
仕事を片付けたあと川ベリを自転車で走ってみた。
ベンチにすわって最近もちあるいている村上春樹の
「使いみちのない風景」をパラパラ…。

空は青く、川面はキラキラかがやき、ときどきアクアライナーやボートがのんびりと
過ぎてゆく。さて、元気回復、エネルギー充填!残りの仕事、がんばろっと★

この世の中に誰かがやらなければならない事がある時、
僕は、その誰かになりたい。(中田厚仁)
私がかつて亡き師・定金冬二の晩年の川柳を集めて一冊の句集を
編もうと決心した時、「あんたがやらんでもええやろ、誰かするやろ」と
複数の人に言われたことがありました。
それはその仕事にかかる労力と資金の大変さを気遣っての助言だったと
有り難く思っています。でも、と私は考えました。「誰かがするやろ」って
みんなが思っているだけできっと誰もしないだろう、と。
その助言に対して私がどう答えたのか、はっきりとは覚えていません。
***
冒頭に挙げた言葉は、カンボジアで国連ボランティアとして、UNTAC
(国連カンボジア暫定統治機構)の任務遂行中、銃撃され25歳の若さ
で殉職した田中厚仁さんが、 「なんであなたがいかなければならないの」
という妻の訴えに答えたことば。 彼の崇高な精神と強い意志・勇敢な行動
とは全く比べようもないことですけれど、きっと私はその時、彼のように
答えたかったんじゃないかな、と思っています。
川柳界のためになどという大げさなことではなくて、自分に出来ること、そして
自分しか出来ないことを、少なくとも文学に何の関心もなかった私をことばに
出会わせてくれた川柳に、私なりの恩返しがしたい。
その気持ちの延長線上で誕生したのがあざみエージェントでした。
今日は体育の日。
申し分ない青空の広がりを見ていて、ふっとそんな昔のことを思い出しました。
田中厚仁さんは今でも私の遥か彼方で強い輝きを放つ星です。





